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学習指導要領の「異性への関心」記述について。

小・中学生の新学習指導要領でいくつかの議論が繰り広げられているようですが、個人的に興味があったのは「異性への関心が芽生える」という記述がLGBTに該当する人々に対して配慮されてない、みたいな議論です。

これについては まぁどうだかなと思う。やっぱり同性愛は不自然だと思う人も中には(少なからず)いると思うからだ。

 

そんなことをいうと、差別だなんだと言われそうだが(言われないかな)、私自身がレズ寄りのバイセクシャルにあたるLGBTの一人で、二十何年間 結構これについては悩まされてきたし、LGBTの一人として少しは思うことを主張してもいいのではないかと思うので書きます。

 

その前に自身のことを少し書いておきます。

私が自分が同性を好きなことで悩み始めたのは小学校6年生のころ。今考えるとそういえば幼稚園の頃から好きな女の子がいたなと思うのだけれど、幼稚園生じゃまだ恋や愛だの知らないし、親も気にしないだろうから別に違和感は抱かなかった。

 

私は一人っ子で蝶よ花よと大事にされ、親や周囲の期待に応えるのを当たり前としていた。それは今でも大本は変わらず、周囲の期待に応えることが自分の価値だと思っている節がある(最近よくないと思って直そうと思っている)。

 

だからなのか、小6になる頃には同性愛ってのは世間的には優遇されないものだと感じ取っていて、自分の中にそういう人から褒められない部分が根付いていることにひどい嫌悪感を抱いていた。

 

大学2年でジェンダーの授業を受け、そこで同性愛というのは遺伝子的なもので生まれながらのものだと教わり少し安堵したのを覚えている。それまではこんなに親や人間関係に恵まれて大事に育てれてきたのにも関わらず、自分にどこか欠陥があったせいでこんなろくでもない同性愛者になってしまったのだと自分を責め続けていた。

 

ろくでもない同性愛者って思っているのは、恋愛成就がしづらいからである。同性が好きになったときは気持ちをひたすら隠してきたし、異性が好きな時は告白してたとえ玉砕したとしてもそれで終わりだけれど、同性愛者だとバレたら一生人から嫌がられると思っていたので。

 

今では周りの温かい友人のおかげで「ひょっとしたらLGBTってそんなに嫌悪されてる人種じゃないのかも」と思い始めて、今年Facebookで友人全員に対してカミングアウトしちゃいましたけど。何人かは友達からいなくなるかと思ったけど、今のところ現状変わりなしというか、むしろそんな自分でも認めてもらえるんだなーと新鮮でした。

 

 

長くなったけれど、要は私はLGBT当事者だけれど同性愛が気持ち悪い、不自然だって思っている節があるし、だからノンケの人がそう思うのだって自然な感情だと思っている。むしろノンケなのにLGBTに理解がある人って、すごく私にとっても有難い存在なんだけど、気持ちがよくわからない。え、なんで気持ち悪くないの?って思う。

 

ひょっとしたら今回の学習指導要領の改訂で「異性への関心」でなくLGBTの人にも配慮した書き方がされていたのなら、将来的にLGBTを不自然だと思う子供は少なくなるのかもしれない。それとも、「同性愛は不自然」っていう刷り込みのためじゃなくて「生理的に無理」っていうのがある種の人間にはもともと備わっているのかもしれない。

例えは悪いけど、女の子は虫やカエルが苦手な人が多いみたいだし、そういうもんなのかもしれない。

 

まぁ、私も同性愛が実ったら少しはLGBTの自分に対しても優しくなれるというか、許せるようになるのかもしれないな。同性と両思いになったのなんて、高校の頃以来だもの。そんなの前世の記憶みたいなもんだよ。